統計グリッドを想起させるアースカラーの抽象イメージ。ジビエ市場の規模と推移を示す市場概況の象徴

市場概況|鳥獣被害額とジビエ利用量の推移

REPORT 01|ジビエ産業を数値で捉える

ジビエ産業は、鳥獣被害という社会課題への対策と、シカ肉・イノシシ肉という地域資源の活用が交差する領域です。本ページでは、鳥獣被害額の推移、捕獲頭数、ジビエ利用量、政策動向という4つの基礎データから、ジビエビジネスの市場概況を整理します。参入や協業を検討する食品・外食・自治体関連事業者が押さえるべき数値の全体像を報告します。

ジビエ産業を理解する出発点は、野生鳥獣による農林水産業被害の実態です。全国の農作物被害額は長らく年間200億円前後で推移してきましたが、侵入防止柵の整備や捕獲強化の効果により、近年は150億円台まで縮小してきたと見られています。それでも被害額の約7割はシカ・イノシシ・サルの3獣種によるもので、特にニホンジカによる森林の食害と農地被害は、中山間地域の営農意欲を削ぐ深刻な要因であり続けています。

被害額として統計に表れる数字は、営農放棄や集落の衰退といった間接的な損失を含んでいません。実際の経済的インパクトは統計値の数倍に達するとの指摘もあり、獣害対策は単なる農業保護策ではなく、地域経済の維持に直結する政策課題と位置付けられています。この構造が、捕獲・獣害対策ビジネスとジビエ利活用ビジネスの双方に、継続的な公的予算と民間需要をもたらしています。

約150億円 農作物被害額(年間) 2025年時点の推計水準
約7 シカ・イノシシ・サルの被害構成比 主要3獣種で大半を占める
約120万頭 シカ・イノシシ捕獲頭数(年間) 近年の推計水準

地域別に見ると、被害の内訳には明確な差があります。北海道ではエゾシカによる牧草・畑作物被害が突出しており、本州の中山間地域ではニホンジカとイノシシによる水稲・果樹・野菜への食害が中心です。九州ではイノシシ被害に加えてシカの生息密度上昇が林業経営を圧迫しています。サル・アライグマ・ハクビシンといった中型獣、カラスなど鳥類による被害も一定規模で推移しており、対象獣種ごとに有効な対策手法と利活用の可能性が異なる点は、獣害対策ビジネスを検討する際の重要な前提です。被害が深刻な地域ほど捕獲活動と処理需要が集中するため、参入エリアの選定にあたっては、都道府県別の被害統計と捕獲実績、既存処理施設の分布を突き合わせた商圏分析が有効と考えられます。

ジビエ利用量の推移と内訳

捕獲された野生鳥獣のうち、食肉やペットフードとして利活用される量を示すのがジビエ利用量です。全国のジビエ利用量は2016年度の1,200トン台から拡大を続け、近年は3,000トン前後の水準に達したと見られています。新型コロナウイルス禍で外食需要が落ち込んだ時期に一時的な減速はあったものの、その後はペットフード向けと家庭向けECの伸びが全体を押し上げる構図が定着しています。

内訳を見ると、シカ肉・イノシシ肉を中心とする食肉利用が全体の約6割、ペットフード向けが約3割、残りが皮革・角などの副産物利用と推計されています。特にペットフード向けは、人向け食肉の規格に満たない部位や個体を収益化できる販路として処理施設の経営を支えており、利用量全体の成長ドライバーになっています。

  • 2016年度約1,300トン
  • 2019年度約2,000トン
  • 2022年度約2,600トン
  • 2025年度約3,100トン(推計)

※ジビエ利用量の推移イメージ(各年度の公表値・推計値をもとにした概数)

[PR]

捕獲頭数と利活用率のギャップ

シカ・イノシシの年間捕獲頭数は合計で約120万頭規模に達していると見られていますが、そのうち食肉処理施設に搬入され、ジビエとして利活用される個体は1割程度にとどまると推計されています。残りの大半は埋設や焼却により処分されており、この「捕獲と利活用のギャップ」こそが、ジビエ産業最大の未開拓領域です。

ギャップが生じる要因としては、捕獲現場から処理施設までの搬送時間の制約(品質保持の観点から捕獲後速やかな搬入が求められること)、処理施設の地理的偏在、狩猟者の高齢化による搬出労力の限界などが挙げられます。逆に言えば、搬送網の整備、移動式解体処理車の活用、ICTわなによる捕獲情報の即時共有といった打ち手が機能した地域では、利活用率が3割を超える事例も報告されており、事業機会は依然として大きいと考えられます。

■ 読み解きのポイント

捕獲頭数120万頭に対し利活用は約1割。仮に利活用率が2割に倍増すれば、ジビエ利用量は単純計算で6,000トン規模となり、市場は現在の約2倍に拡大する余地があります。ボトルネックは需要ではなく、捕獲から処理までの供給インフラにあります。

利活用されない捕獲個体の処分も、見過ごせない経済的論点です。埋設は掘削の労力と用地確保、焼却は自治体の焼却施設への搬送と処理費用を要し、1頭あたり数千円から1万円超のコストが発生していると見られています。大型化した個体を山中から搬出できず現地埋設される例も多く、狩猟者の高齢化とともに処分負担は年々重くなっています。この処分コストは、見方を変えれば「利活用に振り向けられる原資」でもあります。焼却・埋設に投じられている費用を処理施設への搬送支援や買い取り原資へ組み替える発想が、ジビエ利活用を推進する自治体で広がりつつあり、減容化装置や堆肥化・飼料化といった食用以外の処理手段を含めた、地域ごとの最適な処分・利活用ミックスの設計が求められています。

ジビエ産業の成長は政策主導の側面が強く、制度動向の把握は事業計画の前提条件になります。鳥獣被害防止特措法に基づく交付金は、侵入防止柵の整備や捕獲活動の支援に加え、食肉処理施設の整備やジビエ利用拡大の取り組みを支援対象としており、処理施設の新設・増強の多くがこの枠組みを活用しています。

また、国はジビエ利用量の倍増目標を掲げて「ジビエ利用モデル地区」の整備を進めてきたほか、国産ジビエ認証制度により衛生管理水準の見える化を図っています。学校給食や外食チェーンでの利用促進、ペットフード業界との連携強化など、需要側への働きかけも継続しており、2026年時点では供給・需要の両面に政策支援が行き渡りつつある状況です。

ジビエ産業に関わる主な政策・制度の枠組み
枠組み 主な内容 事業者への意味
鳥獣被害防止特措法・交付金 捕獲支援、侵入防止柵、処理施設整備への財政支援 初期投資の負担軽減、自治体との連携が前提
国産ジビエ認証制度 処理施設の衛生管理・トレーサビリティを第三者認証 大手外食・小売との取引条件になりつつある
ジビエ利用モデル地区 捕獲から流通まで一貫体制のモデル構築 先行地域のスキームが横展開の参考になる
指定管理鳥獣捕獲等事業 都道府県主体のシカ・イノシシの集中捕獲 捕獲事業の受託という参入経路が存在する

予算動向の面では、鳥獣対策関連の国の予算は年間100億円規模で継続的に確保されてきたと見られており、都道府県・市町村の単独事業を加えると、公的資金の投入規模はさらに大きくなります。単年度主義の予算構造ゆえに機器導入や施設整備が年度末に集中しやすいこと、交付金メニューが捕獲・防護・利活用へと段階的に拡充されてきたことは、この市場で事業を行う上で押さえておくべき特性です。政策の力点は「捕獲頭数の最大化」から「捕獲の質と利活用率の向上」へ移りつつあり、ICTわなやジビエ利活用体制の整備といった、生産性を高める投資への配分が厚くなる傾向が続くと予想されます。

市場構造とプレイヤーの全体像

ジビエ産業のバリューチェーンは、捕獲(狩猟者・捕獲事業者)、処理・加工(食肉処理施設)、流通(卸・EC・ふるさと納税)、消費(外食・小売・ペットフード)という4層で構成されます。プレイヤーの中心は地域の中小事業者と自治体関連団体ですが、近年はICTわなを手掛けるテクノロジー企業、ペットフードメーカー、外食チェーン、商社系流通事業者など、異業種からの参入が目立ちます。

市場規模としては、食肉・ペットフードなどジビエ製品の販売額が全国で100億円台前半、獣害対策関連(柵・わな・捕獲サービス・コンサルティング等)を含めると数百億円規模の経済圏を形成していると見られています。単体では大きな市場ではないものの、農山村の課題解決と結び付いた「政策性の高い成長市場」である点が、他の食品カテゴリーにはない特徴です。次章以降で、各レイヤーの現況を順に掘り下げます。

需要側の変化にも触れておきます。ジビエの認知度はメディア露出やふるさと納税を通じて着実に高まっており、シカ肉・イノシシ肉を提供する飲食店は都市部を中心に増加傾向にあると見られています。一方で、家庭での喫食経験はまだ限定的であり、「固い」「臭いが強い」といった旧来のイメージが残る消費者層も少なくありません。適切に処理されたジビエの品質を伝える情報発信と、初めてでも扱いやすい商品形態の開発が、潜在需要を顕在化させる鍵となります。市場概況を俯瞰すると、ジビエ産業は供給インフラの整備が需要の伸びを追いかける発展途上の段階にあり、参入者にとっては課題の多さがそのまま事業機会の多さでもある市場と総括できます。

[PR]