ジビエ利用量の内訳で近年最も伸びているのが、ペットフード向けの需要です。かつては人向け食肉の「残り」を引き取る補助的な販路と見られていましたが、現在ではジビエ産業全体の収益構造を支える主力セグメントへと変貌しつつあります。本記事では、ペットフード市場がジビエ活用を牽引する背景と、事業者が押さえるべき参入の論点を整理します。

プレミアムフード市場で鹿肉が選ばれる理由

国内ペットフード市場は数千億円規模で安定的に推移していますが、その内側では「ペットの家族化」を背景に、原材料の質や産地にこだわるプレミアムフードへのシフトが進んでいます。鹿肉はこの潮流に合致する素材です。高タンパク・低脂肪で鉄分やミネラルが豊富という栄養特性に加え、牛・鶏など一般的な畜肉にアレルギーを持つ犬猫の代替タンパク源(ノベルプロテイン)として需要が定着しています。

また、野生由来で穀物飼料やホルモン剤と無縁である点、獣害対策と資源活用に貢献できるという物語性も、高価格帯の商品に説得力を与えています。国産・単一タンパク・無添加をうたう鹿肉ジャーキーやフリーズドライ商品は、EC・専門店を中心に売れ筋を形成していると見られています。

処理施設の経営を変える「フルユース」の要

ペットフード向け需要の拡大は、食肉処理施設の経営構造を大きく改善しています。シカ1頭から人向け精肉として販売できるのは体重の3割前後にとどまり、従来は残りの多くが廃棄コストとして経営を圧迫していました。ペットフード原料は、人向け規格に満たない部位や小型個体、骨や内臓の一部までを収益源へ転換できるため、1頭あたりの売上を大きく引き上げます。

実際に、人向け食肉とペットフードのラインを併設した施設では、廃棄率が大幅に低下し、単年度黒字化の目途が立てやすくなったという報告が増えています。捕獲個体を余すことなく使い切る「フルユース」の設計は、処理施設の採算性だけでなく、命を無駄にしないというジビエ産業の理念とも合致しており、新設施設の標準仕様になりつつあります。

市場データの面でも追い風は明確です。犬猫の飼育頭数が高水準で推移するなか、ペット1頭あたりの年間支出は増加傾向が続いており、なかでもフード支出の伸びはプレミアム化によって支えられています。人向け食品と同様に「ヒューマングレード」「無添加」「単一原料」を求める飼い主層の拡大は、鹿肉ジャーキーやフリーズドライといったジビエ商品の価格帯と正面から重なっており、需要の持続性を裏付けています。

参入形態は原料供給・OEM・自社ブランドの3つ

ジビエペットフード事業への参入形態は、大きく3つに整理できます。第一に、処理施設がペットフードメーカーへ原料肉を供給するモデルで、設備投資が小さく最初の一歩として選ばれやすい形です。第二に、専門メーカーへのOEM委託により自社ブランド商品を持つモデルで、ふるさと納税や地域ブランドとの相性に優れます。第三に、乾燥機・レトルト設備を備えて自社製造まで行うモデルで、利益率は高い一方、設備と品質管理の負担を伴います。

いずれの形態でも、ペットフード安全法に基づく製造基準・表示基準への対応と、製造業者としての届出が前提になります。人向け食品の衛生管理とは要求事項が異なるため、ラインの区分管理や記録体制をあらかじめ設計に織り込むことが重要です。

実務面で見落とされがちなのが、原料の品質管理とトレーサビリティです。ペットフードは人向け食品より基準が緩いと誤解されることがありますが、プレミアム価格帯の商品ほど、購入者は原材料の産地・処理施設・製造工程を厳しく確認します。国産ジビエ認証を取得した施設由来であることや、個体管理番号による履歴の開示は、ペットフードにおいても価格プレミアムの根拠として機能し始めています。また、乾燥温度や水分活性の管理が不十分な商品は品質劣化やクレームの原因となるため、製造委託先の選定では食品工場に準じた衛生水準を持つかどうかが実質的な判断基準になります。

今後の展望:安定供給とブランド化が課題

ペットフード向け需要は今後も拡大が見込まれる一方、課題は供給側にあります。捕獲は季節と天候に左右されるため、通年で原料を求めるメーカーとの取引には、冷凍在庫の計画運用や複数施設からの広域集荷が欠かせません。また、参入者の増加に伴い、産地・製法・検査体制による差別化、つまりブランド化の巧拙が収益性を分ける局面に入っています。

ジビエ産業全体から見れば、ペットフードは「需要の安定装置」としての役割を強めています。人向け食肉の相場や外食需要が変動しても、ペットフードが下支えすることで処理施設の稼働が保たれる構造は、産業の持続性にとって大きな前進です。獣害対策と食資源の循環をつなぐこの市場から、今後も目が離せません。流通全体の動向は流通と販路で、処理インフラの現況は処理・加工インフラで詳しく解説しています。